一度は本気で決めた移住先を、俺は辞退した

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俺は今の会社で16年働いている。ずっと「独立したい」「このまま会社員だけで人生終わりたくない」と思ってきた。でも、なんやかんや言いながら辞められへんかった。

副業したり、発信したり、本業に近い仕事を個人でやってみたり。自分では動いてるつもりやったけど、結局は会社という土台の上で動いてただけやったんかもしれない。

林業と出会って、初めて違う人生が見えた

そんな中で林業と出会った。実際に山に入って、木を切って、いろんな地域へ行って、そこで会社員とは全然違う生き方をしてる人たちと出会った。

それまでYouTubeとか本で「地方で自分の仕事を作って暮らしてる人」がいることは知っていた。でも、どこか画面の向こうの話やった。

それが実際に目の前にいた。一緒に山に入って、飯食って、仕事のことやこれからの人生のことを話した。そこで初めて、「ほんまにこんな生き方できるんや」って思った。

ただ、それでも俺はすぐには動けなかった。林業の研修を受けた。知り合いも増えた。いろんな現場も見に行った。でも結局「じゃあ会社辞めて、自分でやります」とまではいかへんかった。

家族もいるし、子どももいる。収入もいる。住むところもいる。考えたら不安なんていくらでも出てくる。

初めて「ここへ行きたい」と思えた

そんな時に、研修で知り合った仲間から、ある地域で一緒にやらへんかという話をもらった。

仕事だけじゃなく、移住のこと、住む場所、地域の人とのつながり、これからどういう事業をしていくかまで一緒に考えてくれた。

俺にとっては初めて、「会社を辞めたい」じゃなく、「ここへ行きたい」と思えた場所やった。

そこから本気で動いた。地方へ移住して新しい仕事を作っていくプロジェクトにも応募した。選考を受けて、ありがたいことに選んでもらった。

その時は、本気で行くつもりやった。あとから振り返っても、そこは嘘じゃない。

その地域で暮らして、一緒に山に入って、自分たちで仕事を作っていく。家族で引っ越して、そこで新しい生活を始める。本気でそう考えてた。

だから周りの人たちも、本気で動いてくれた。人を紹介してもらったり、山を見せてもらったり、住む場所や学校のことまで調べてもらった。俺一人では絶対そこまで進められへんかった。

そこから、別の選択肢が出てきた

でも、その後家族で移住について話をしていく中で状況が変わった。

妻から「やっぱり地元に近いところで暮らしたい」という話が出てきた。

最初は正直、「今さら?」と思った。ここまで話進んでるやん。いろんな人が動いてくれてるやん。簡単に変えられる話ちゃうやろ。そう思った。

ただ、その選択肢について調べていくうちに、今度は自分自身がそっちに惹かれ始めた。

山がある。自伐型林業ができるかもしれない。森を使って体を動かしたり、子どもが自然で遊んだり、宿泊や体験みたいなこともできるかもしれない。

今まで自分が好きやったことを組み合わせて、一から何か作れるかもしれない。考えてるうちに、「これ、めっちゃおもろいかもしれん」と思ってる自分がいた。

ここは大事で、妻に言われたから仕方なく方向を変えたわけじゃない。

きっかけは妻やった。でも、その後調べて、考えて、実際に動いたのは自分やった。そして自分自身も、「こっちでやってみたい」と思った。

一番あかんかったのは、途中で言えなかったこと

ただ、ここから俺の悪いところが出た。

その気持ちの変化を、一緒にやろうとしてくれていた人たちに途中でちゃんと伝えられへんかった。

ここまで動いてくれたのに。人までつないでくれたのに。本気で迎えようとしてくれてるのに。

「実は今、別の場所も考えてます」って言ったらどう思われるんやろ。裏切ったと思われるんちゃうか。嫌われるんちゃうか。

たぶん俺は、そこが怖かった。

だから本当はかなり気持ちが変わってきてるのに、曖昧にした。「まだ分からん」「何とかなるかもしれへん」「話したら変わるかもしれへん」みたいな可能性を残した。

でも、今考えるとこれが一番あかんかった。

相手からしたら、まだ可能性があると思う。だからさらに考えてくれる。さらに動いてくれる。さらに時間を使ってくれる。

そのあとで、「やっぱり行きません」って言われたら、そら「なんやねん」ってなる。逆の立場やったら俺でも腹立つと思う。

別の場所を選んだことより、途中で本音を伝えへんかったこと。ここが今回一番反省してるところやと思う。

嫌われたくなくて、曖昧にしていた

最後は、かなり厳しく話をした。

なんで途中で言わへんかったん。結局どうしたいん。自分で決めてるん。なんで先に相談せえへんかったん。いろいろ言われた。

正直、途中ではしんどかった。「もうええやろ」って思った瞬間もあった。

でも今振り返ると、言われてその通りやったこともかなり多かった。

自分の優柔不断さ。嫌われたくなくて曖昧にしてしまうところ。自分で決めるべきところを、人との関係の中でぼかしてしまうところ。

自分では分かってるつもりやったけど、全然分かってなかった。今回かなり痛い形で見えた。

相手が正しくても、境界線は別やった

ただ、それと同時に別のことにも気づいた。

相手の言っていることが正しいことと、何を言われても全部受け入れることは別やということ。

自分に悪いところがある。それは認める。でも、だからといって自分の家族のことや、自分たちの人生のことまで全部他人に決めてもらう必要はない。

「そこは俺が悪かった」と、「でも、そこから先は自分たちで決める」は両立する。

俺はこの境界線も弱かった。

相手に一理あると、どんどん引いてしまう。自分にも悪いところあるし。ここまでやってもらったし。言ってること間違ってないし。

そう思うと、自分の違和感まで引っ込めてしまう。これも今回気づいた自分の弱さやった。

最終的に、俺は辞退した

結局、俺はそのプロジェクトを辞退した。

県にも自分で電話した。家族と話し合って、これからは別の地域を拠点に進むと伝えた。

その電話を切った時、めちゃくちゃスッキリしたとか、達成感があったとか、そういう感じではなかった。むしろ申し訳なさの方が大きかった。

本気で動いてくれた人たちがいた。本気で一緒にやろうとしてくれた人がいた。だから今でも、そこへの感謝はめちゃくちゃある。

むしろ今回ここまで揉めたからこそ、自分の中で見えたこともたくさんあった。

もし何事もなく、「分かった、じゃあ頑張ってな」だけで終わってたら、ここまで自分の弱さについて考えてなかったと思う。

だから今は、「迷惑かけて申し訳なかった」と同時に、「ここまで向き合ってくれてありがとう」という気持ちがある。

自分の人生は、最後は自分で決める

そして、もう一つ分かった。

自分の人生を変えたいなら、最後は自分で決めなあかん。誰かの期待に全部応えることはできない。

家族の意見も聞く。仲間の意見も聞く。いろんな人からアドバイスももらう。

でも最後に、「俺はこれを選ぶ」と言うのは自分。そしてその結果が良くても悪くても、自分で引き受ける。

今まで俺は、「嫌われないこと」を結構大事にしてきたんやと思う。

でも今回、嫌われたくなくて本音を曖昧にすることが、結果的には一番人を振り回すことがあると分かった。

だからこれからは、嫌われないことより、早く本音を伝える。

まだ迷ってるのか。かなり気持ちが傾いてるのか。もう決めたのか。そこを自分の中でも、人に伝える時も曖昧にしない。

今回選んだ道が正解かどうかは、まだ分からへん。

数年後、「あの時こうしてよかったな」と思ってるかもしれへんし、「全然思ってたんと違ったわ」って言ってるかもしれへん。でもそれでいいと思ってる。

16年間「変わりたい」と言いながら、なかなか変われへんかった。

今回は少なくとも、自分で今までとは違う道を選んだ。あとはそこで実際に動いてみる。

この経験を失敗で終わらせるか、自分が変わるきっかけにするかは、これからの自分次第やと思ってる。